義肢装具士と探偵
「犯人はお前だ!」と言われるとギョッとしてしまいますが、名探偵がよく使う言葉だと思います。
名探偵というと皆さんはどんな人を思い浮かべるでしょうか? コナン、シャーロックホームズ、コロンボ、、、私は夢水清志郎シリーズが好きでした。色々な名探偵がいますが共通していることといえば、犯人の仕掛けたトリックに対して現場に残された証拠や証言を元に抜群の推理力でトリックをあばくことだと思います。
義肢装具士のしていることも実はこれに似ています。病院にやってきた患者さんの状態を聞いたり、見たりして、
それまで培ってきた専門知識(力学、整形外科学等)を元にして適切な義肢装具を患者さんにお渡しします。
違うところがあるとすれば、医療というお医者さんや看護師さんといったチームで問題を解決していることと、ものづくりを行なっていることです。まずお医者さんが患者さんの話を聞き、検査することで病名がつきます。そして、その病名に合わせてお薬や義肢装具を処方してくれます。義肢装具士はその処方に合わせて、実際に患者さんの状態を確認しながら、患者さんのサイズを測ったり、モデルを採型・採寸することで、患者さんに合う義肢装具を製作します。
なぜ患者さんに合う義肢装具が必要なのか?
世の中に売っているもののほとんどはS・M・Lでサイズが決められています。なので、病気や障害でこのサイズでは合わない人は専用に物を作る必要があります。「病気や障がいなんて関係ないわ」という人もいるかもしれませんが、犯人が法律の網の目を掻い潜って悪さをするように、人間は生き物なので実際にはデコボコがあり、S・M・Lでは決められないことがあります。このような障がいは人間が本来持っているものと環境の相互作用で決まります。
例えば、性別、年齢、身長、体重、人種、遺伝、疲労といった個人に関わることから、
畳(柔らかい床)からフローリング(硬い床)に変えた、仕事で同じ姿勢をずっと取っていないといけない、家までの帰り道に階段や坂が多い、食習慣、喫煙習慣などの環境によるものといったことが重なると病気となって、痛みなどの症状として現れてきます。
ちょうど犯人が犯行を犯すような条件が整ってしまうようなものです。
犯人の犯行が一度悪い方向に行くとどんどんエスカレートしていくように
そういった環境との接点での問題で、働けなくなったり、日常の生活が送れなくなってしまうとどんどん悪い方向へ状況が向かってしまうので、義肢装具を使って力学的に体の負担を軽減することでなるべく早く日常の生活に戻ってもらうことが義肢装具を使う目的です。 つまり
1、S・M・Lでは合わないサイズが世の中には存在する
2、病気や障がいになっても元の環境で生活できる必要がある
このことから義肢装具とそれを作る義肢装具士が必要になります。
名探偵の推理では犯人が必ず解き明かされますが、医療では個人の要因、環境の要因など様々なことが関係して病気となって現れてくるので明確な悪いやつ=犯人(原因)をつきとめるというよりは、専門家が様々な方向から病気になるロジック(論理)を明らかにして、明確なアプローチを行い、回復に向けていくということが合っていると思います。
患者さんを中心にした医療の中に義肢装具士が関わっています。
障がいや病気は自身の責任で引き受けていかなければいけないといった側面もありますが、人間の身体は環境と相互作用するものだという考え方があります。人間自身を主体にした視点に立つとその原因は自身の中にあるということになりますが、自身と環境を含めた循環する仕組みの視点に立つと考え方が変わります。
雨は人間主体の視点に立つと「原因」や「結果」のように思われますが、実際は地球の中で循環する現象の一部に人間が「雨」という名前をつけたことがわかります。
寺田寅彦「雨の音」
いろいろな物音に比べて、雨の音には一つの著しい特徴がある。楽器の音、人の声、電車の音、大砲に音、虫の鳴く音、、、このような音については、音の出る源がちゃんと決まった大きさと広がりを持っている。音を出す部分の長さ、広さ、奥行きは1秒の間に音の波が空気の中を進む距離に比べて小さく、またはっきり外(ほか)からここまでと限られた範囲の中にまとまっている。従って、その音がどちらの方から聞こえるかということにも意味がある。しかるに、雨の音はそうではない。広い面積に落ちるたくさんな雨粒が一つ一つ色々なものに当たって出る音の集まり重なったものである。音の源をここと指し示すことはできない。音を聞いている人は数知れない音の出る点の群れに取り囲まれているのである。雨の音の特徴はまだそれだけではない。(中略)
それである瞬間に聞いている人の耳に入る音は、その瞬間に落ちた雨の音ではなくて、過ぎ去った過去ーーたとえそれはただほんの短い前であるとはいえ、ともかく過去の音を集めたものである。
これとは別に関係のないようなことであるが、人間のいろいろの経験やまた考えたことなどが、ある時間を隔てて再び意識の中に現れるものだとすると、今の瞬間の自分の意識の中に含まれるものは、過ぎ去った歴史の余響(あとひびき)の複雑な集まりであって、例えばあの雨の音にいくらか似た性質のものではあるまいか

同じ 寺田寅彦先生の作品では「病院の夜明けの物音」がおすすめです
今後は雑学も含めて、義肢装具士と義肢装具を使う人にとって、少しでも良い情報も載せていきたいです。